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 |2008/05/30 |     メイ・デー セレブレーション   

一昨日の水曜日。5月28日。

 

ジャイ子の通うスクールでは、1日中、May Dayのお祝い行事が行われました。

 

 

ん?

May Day?

 

メイ・デーって、普通5月1日では???

 

 

 

 

 

ハワイでは、5月1日のメイ・デー = レイの日 として、ハワイ中でレイのお祭りが開催されますが。。。

 

今年は、せっかく母もこちらに来ていたのにも関わらず、皆様ご存知のように、わたくしnoahは、5月1日というと、退院して2日後・・・

 

薬で寝てばかりで、あまり記憶にも残っていませんねぇ。。。

 

 

 

 

 

それはともかく。

 

 

ジャイ子のスクールのメイ・デー セレブレーションは、各学年が、それぞれ、色んな国をダンスを通して紹介する、という形でした。

 

 

 

 

 

 

012 edit

ジャイ子のいる4年生では、タヒチのダンスでした。

 

このように、ずっと地面に座って、腕を動かしたり、スティックでボードを叩いたり。。。

 

雨が降ったり止んだりの天気でしたが、たくさんの父兄の方々に囲まれて、幼稚園から6年生までの生徒達が、学年ごとにこのように踊っていきます。

 

 

そういえば、確か1年生か2年生だったと思うのですが、日本の紹介ということで、「1年365歩のマーチ」by 水前寺チーターに合わせて、ワンッ、ツー、ワンッ、ツー!! と 赤と白の旗上げダンスが可愛かったですねぇ。 

(若い人達はチーターなんて言っても分からないでしょうね~。ドラマ「ありがとう」とか再放送見てました)

 

 

 

この日は、B吉も仕事を休んで、私と一緒にメイデー・セレブレーションに参加。

しっかりと、屋外用のチェアーを2脚持参です。

 

私は三脚に付けたビデオカメラ担当。

B吉はデジカメ担当でした。

(なので、これらの写真は、全てB吉撮影です。)

 

 

 

 

 

 

027 edit

放課後は、スクール開催のカーニバルがあって、なんと、開会式の国歌斉唱 - National Anthem に我らがジャイ子が選ばれまして・・・

 

家で、散々、マライヤ・キャリー風やら、ホィットニー・ヒューストン風やら、色々なアレンジを練習していたジャイ子。

 

実際は、テープで流れる曲に合わせて歌う、何のアレンジも出来ないNational Anthemになってしまいました。

 

しかも、曲のトーンが高く、テンポも速い。

 

アカペラで、ジャイ子アレンジのNational Anthemはそれはそれは素晴らしい仕上がりだったのですが、校庭に設置されたステージでは、ジャイ子の声の良さがあまり出なかったかも。

 

はい。

親バカですよ。

すいません・・・

 

 

 


 

 

 

 

032 edit

カーニバルが開催されると、まずは、ジャイ子の属するバンドの演奏が始まりました。

 

4曲披露したのですが、やっぱりジャイ子のサックスが一番上手でした~。

 

(親バカですが? 何か?) 

 

 

 

バンド演奏に続いて、ウクレレ・クラブ、コーラスクラブ、チアーリーダークラブと、次々にパフォーマンスの披露です。

 

 

これらのパフォーマンスだけではなく、ミニゲームが楽しめたり、カーニバル・フードが売られたりと、子供達が楽しめる催しで、ジャイ子もお友達と、色んなゲームをしたりして、あっちへこっちへ忙しくしていました。

 

 

 

 各クラブのパフォーマンスの後は、タレントショーということで、まだ母が日本が帰る前にもカフェテリアで開催されたタレント・ショーと、ほとんど同じ出演者達です。

 

 

フラダンスを披露する女の子、そして、ファイアーダンスを披露する男の子。

この男の子が、本当にすごい!!

本物の火がついたスティックを、ものすごい速さでスピンさせたり、空中に投げてキャッチしたり。

B吉が、何故、彼の写真を撮っていないのか・・・

非常に残念でなりません!!!

 

 

もちろん、パフォーマーの中には、ジャイ子も含まれてますよ。

 

 

 

 

 


046 edit

ジャイ子は去年3年生の時も、カフェテリアで開催されたタレントショーに出演しました。

 

Hannah Montanaの「Who said」を披露したのですが、この時にジャイ子の音楽の先生が、ジャイ子の声を気に入って、後にジャイ子の歌を色んなアレンジで、CDに録音までしてくれました。

 

音楽の先生はバンドの顧問でもあるのですが、この先生の推薦で、「国歌斉唱」もジャイ子に決まった次第です。

 

今回、母がいるときに開催されたタレントショーは、3人でのパフォーマンスだったのですが、 この日はジャイ子1人のステージです。

 

曲はもちろん、Hannah Montanaの「Rock Star」です。

 

 

 

ジャイ子の夢は、スターになること。

 

ほら、ハリウッドのミュージック・プロデューサーの方々!!

未来のマライア、はたまた ビヤンセが、ここハワイのオアフにいますよーーっ!!!

 

 

 

えぇ。

泣く子も黙る親バカですとも!!!

はっはっは~!!

 

 

 

このように、1日中、ジャイ子のスクールと我が家を往復したりして、しかも、セレブレーションやカーニバルは外だったので、かなり疲れてしまいまして・・・

 

家に帰って、痛み止めを飲んで寝てしまいました~。

 


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 |2008/05/27 |     座高は高く!!  - ナルニア国物語 第2章カスピアン王子の角笛   

約1週間ぶりのブログ更新ですが、皆さんお元気でしょうか?

 

 

術後1ヶ月が経ちましたが、考えてみると、手術をする前から、PDPHで(脊髄液減少による頭痛) 寝込んでいたので、かなり体力も筋力も落ちていて、特にお腹部分は、まるでマシュマロのように柔らかく、かつ、タヌキの置物のごとくぽっこりと婉曲を描きながら赤ちゃんが宿っているかのように出ているnoahです☆ (涙)

 

 

 

この週末は、昨日の月曜日がMemorial Day (戦没者記念日) ということで、3連休でした。

 

 

B吉は、ジャイ子をアロハスタジアムの敷地内に設置されている『移動遊園地』へ連れて行ったり、ジャイ子と長女を連れて、Waimeaビーチに行ったりと、忙しくしていました。

 

私は移動遊園地も、ビーチも行かれません。

 

いや、一緒に行って、子供達やB吉が楽しんでいるのを温かく見守っていてもいいんですけどね。

 

私が行くと、皆、心から楽しめないだろうし、私が痛み出したら『じゃぁ帰ろう』ということになって、せっかくの楽しい時間がお開きになってしまいます。

 

なので、私はお留守番です。

 

 

 

 

唯一、私も参加できたのが、『映画を見に行く』ことでした。

 

 

これも、手術後初めての『映画館』。

 

映画館のせまい椅子に、2時間以上も座ってられるのか、とても不安でした。

 

 

 

なにしろ、映画館で普通にリラックスできる座り方 = ちょっと浅く座って、背もたれによっかかって、足を組んだり・・・・ということが出来ないのですよ。。。

 

背中を丸くしてしまうと、胸が押されて、痛みが出てしまいます。

 

 

なので私の場合は、椅子に深く座り、背筋を天井に向かって、まっすぐに姿勢よく!!  コレです。

 

家のカウチでも、このように、とても姿勢よく、キッチリと座っています。(笑)

 

 

こんな、座高の高い人、映画館で迷惑極まりないですよねぇ?

 

 

もし胸が痛み出したら映画館を出ようと決め、念のため、映画を見る前に痛み止めも飲んで、いざ、映画館へ入りました。

 

 

 

 

 

 

私達が今回見た映画はコレです。

 

 

 

 

 

 

     ↓  

 

 

 

 

 


The Chronicles of Narnia Prince Caspian

The Chronicles of Narnia: Prince Caspian

 

"ナルニア国物語 第2章カスピアン王子の角笛 "

 

 

これは、もう日本でも上映されてますよね?

 

144分の上映時間なので、軽く2時間以上です。

 

さて私は、誰の視野もさえぎらず、ピッチリ姿勢を正したまま、そんなに長い時間、映画を見ることができるのでしょうか?

 

 

答えは・・・・

 

 

 

 

 

 

 

出来ましたよ!!!

 

もう、144分が「あっ!!!」という間、という感じです!!!

 

 

 

 

 

公開してから1週間以上経っていたので、そんなに観客数は多くなかったのが幸いして、わざわざ一番後ろに座る必要もなく、いつものように、前から5列目ぐらいに陣取り、ピチッと背筋を伸ばして、非常に礼儀正しく、映画を見ることができました。

 

 

 

心配していた痛みも、痛み止めが効いていたので、同じ姿勢で2時間以上座っていても我慢できる範囲でした。

もちろん、じっと石のように、蚊が止まっても動かない、という訳じゃありませんよ。(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 


The Chronicles of Narnia Prince Caspian 2

第1章から成長したぺベンジー兄妹(特に末っ子のルーシー)にはビックリしましたし、何しろ、退屈する箇所が1つもなく、時間を感じさせない物語展開でした。

 

 

詳しい内容等は、日本語オフィシャルサイトのこちらをクリック

 

 

 

 

 

 

 

 


The Chronicles of Narnia Prince Caspian 3 Aslan

ライオンのアスランも、相変わらず、逞しく、勇敢で、そして美しい姿を見せてくれました。

 

 

 

 

 

この映画、とってもお薦めです。

ただ、第1章を見てないと、少し内容が理解出来ないと思いますが・・・・

 

 

見終わった後も気持ち良く、とても後味の良い、素晴らしいファンタジー・アドベンチャー映画でした。

 

 

 

と言うわけで、調子に乗った私。

次は『Indiana Jones and the Kingdom of the Crystal Skull インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』を見ようと企んでます。 

イヒ♪

 

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 |2008/05/19 |     手術・入院・そして退院   

皆様、ご無沙汰してます。noahです。

皆さん、お元気ですか?

 

4月22日に手術をしてから、明日で4週間になります。

 

 

皆様の温かい励ましのコメント、本当にありがとうございます。

こうして、インターネット/ブログを通じて、遠く離れている皆さんの温かい人柄・愛を感じ (勝手に感じてます 笑) 心から嬉しいです。

 

 

先週辺りから、調子もだいぶ良くなり、自分で近所を運転しても吐き気を感じなくなったり、自分でシャワーを浴びれるようになったり、かなり一人で動けるようになりました。

 

まだ完全復帰とは言えませんが、普段家ですることぐらいは出来るようになり、母もB吉も、そしてもちろん子供達も安心してくれていると思います。

 

 

ご心配おかけしましたが、あとは徐々に時間をかけて元に戻りたいと思っています。

 

 

とは言え、私の場合、半年から1年後には、2回目の手術を受けなければいけないのですが、それは今回のとは比べようもないほど簡単な手術になるので、あまり不安はありません。

 

これからは、以前のように、普段の我が家の暮らしぶりを楽しくお届け出来るようになると思います♪♪

 

 

 

 

 

皆様の中には、「一体何の手術やら・・・?」と思ってらっしゃる方もいるかと思うので、私の記録のためにも、手術のこと、そして術後のことを書きたいと思います。

 

長くなると思うので、興味のない方は飛ばして下さい♪

 


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手術後は、Progressive Care Unitと言って、ICU(集中治療室)と一般病棟の中間のレベルに位置する病棟に送られ、そこで5日間過ごしました。

その後、一般病棟に移り、そこで2日間過ごたのちに退院しました。

1週間の入院ということですね。

 

 

退院してから、明日で3週間になりますが、この1週間でかなり動けるようになりました。

 

 

最初は3週間弱の滞在予定だった母も、飛行機の便を変更してくれ、約1ヶ月、私と子供達の世話をしてくれました。

 

そんな母も、とうとう昨日、日本へ帰ってしまい、今日から母なしの生活です。

 

母が来てくれなかったら、恐らく、B吉が本当に大変な思いをしたと思います。

何しろ、朝と午後は子供達の送り迎えがあり、その間、私の病室で過ごし、行ったり来たりだったので、その上、ご飯の支度や洗濯などがあったら、彼が倒れていたかもしれません・・・

 

 

なので、私もB吉も、母には本当に感謝しています。

朝から夜まで、子供達の世話や家のこと、私が退院してからは、私の世話をとても良くしてくれました。

母がいてくれたお陰で、私も心強かったです。

 

 

 

 

 

今回の手術は、英語でCardiothoracic Surgery、日本語では、胸部外科手術なのですが、(あ、豊胸手術じゃありませんから・・・ 笑) 私の場合はあくまでも、胸部全体の骨の手術なので、心臓手術などではありません。

 

手術自体は5時間程度のものでした。

 

 

鎖骨から下、みぞおちまでの胸部のあばらを切断したり、縫い合わせたり、バーを差し込んだりしてるので、担当のドクターや、麻酔のドクター (あ、今回は前回の麻酔のドクターじゃありませんでした♪) ナース等、皆が手術前に「この手術は痛みを伴う手術」とか「術後は本当に酷い痛みがある」等と散々聞かされていて、自分でも「一体どんな痛みなのか?」と不安でしたし、痛みに対する恐怖もあったのですが、実際、術後の痛みは、想像以上のものでしたねぇ。。。 笑

 

 

 

 

=入院中  Progressive Care=

 

痛みが酷い手術なので、背中から硬膜外麻酔のカテーテルを入れ、強い痛み止めの点滴 (というか、一種の麻酔ですね) をずっとしていました。

 

それに加えて、腕の点滴からも痛み止めのモルヒネが入っていて、これは、私の手元にスイッチが伸びていて、痛みを感じたら、いつでもそのスイッチを押すと、自動的にモルヒネが注入されます。

 

2つの痛み止めの点滴をしていても、痛みは感じましたし、強い痛み止めの薬のために、副作用の吐き気がひどく、手術の翌日にも拘らず、何度も吐いてしまい、本当につらかったです。

 

そのうち、やっぱり薬の副作用で、体中がかゆくなり、自分の手が届くところは全て、寝ながらボリボリ掻いてしまい、背中やお尻、腿や腕などは、まるで鞭でうたれたかのように傷だらけになっていました。

 

 

術後はあまり調子がよくなく、血液中のヘモグロビン濃度が極度に少ないことによって、体内の酸素濃度も低くなってしまっていました。(ヘモグロビンは肺から全身へ、酸素を運搬する役割を担ってます。) 

 

なので、酸素チューブをしていたのですが、薬によって、うつらうつらと寝ているのですが、その時にどうも、息をする感覚が非常に遅く、あまりに次の息を吸わないと、アラームが鳴るのですが、それが聞こえて、ハッとしてまた息を吸う、という状態が2日間続きました。

 

側についているB吉や、お見舞いに来てくれる母、また担当のナースが、私が息をしていないと、トントンッと私を突き、呼吸を促します。

 

息を止めているつもりはないし、自覚もないのですが、うつらうつらとしている中でも、周りの音や皆の会話は聞こえていて、酸素濃度が少ないとか、息をしないとかの話を聞いて、寝ながらも「あぁ、私はこのまま、もう目を覚まさないのかな・・・」 「こんな手術をして、このまま死んでしまうのかな・・・」 等とかなり弱気になっていましたし、自分のそんな弱さに嫌気もさしていました。

 

 

強い痛み止めによって、幻覚・幻聴もひどく、いつも夢と現実のはざまをうろついている状態でした。

壁のシミが虫に見えたり、動くはずのないものが動いたり・・・

また、夢を見ているのですが、それが現実なのか夢なのか分からず、ゼスチャー付きの寝言もかなりハッキリと言っていて、自分の声で起きると、腕を宙に上げて、何かしていたり・・・ 

この現象にはかなり悩まされました。

 

 

結局、ヘモグロビン濃度が一向にあがらないので、緊急輸血をされ、その輸血後は調子がかなり良くなりました。

 

術後、初めて起きて病室の中を歩いたのは3日後になっていました。

足の感覚がなく、まるで産まれたての子馬のような、ヨロヨロとした歩き方で5歩ぐらいがやっとの状態。

 

それでも次の日、また次の日と、B吉に励まされながら、病室から、廊下、ナースステーションまで・・・と次第に歩ける距離が長くなってきた時は、本当に嬉しかったです。

 

 

なので、手術をしてから4日間は、かなり調子も悪く、精神的にも最悪の状態で、寝ながらB吉に弱気なことを言っては涙を流していましたね。。。

 

子供達も、そんな最悪の状態の時に会いに来てくれ、でも私は具合が悪いので子供達を見つめることも出来ず、話をすることも出来ず、なんとも情けない気持ちでした。

 

 

輸血が効いたのか、輸血後はヘモグロビン濃度も上がり、それでもまだ平均以下で、酸素チューブをはずせたのは、術後5日になっていました。

そして、その日にようやく一般病棟に移ることが出来ました。

 

 

 

 

=入院中 Ward =

 

一般病棟に移って、背中の硬膜外麻酔も抜かれ、お腹から出ている2本のドレインチューブのうちの1本も抜かれ、尿のカテーテルも抜かれ・・・ と1つ1つ、何時間か置きに、体からチューブや針が少なくなっていくのは、本当に嬉しかったですね。

 

 

抜いたドレインチューブの穴には、もちろんガーゼをしてテープで止めているのですが、気が付くとガーゼ・ガウン・ブランケットまで血まみれになっていて、気を失いそうになりながら、泣き声でナースコールをしたり・・・

 

点滴の針がずれて、どうも薬が漏れているようで、ナースに見てもらっても「もれてない」と言うのですが、一晩、痛み止めが全く効かず、死ぬほどの焼けるような痛みに苦しみ、「せっかく一般病棟に来れたのに、また具合が悪くなっている。やっぱり、私の体は、まだ悪いんだ・・・」と痛みの中で悲しくなったり・・・・

 

翌朝、他のナースに見てもらったらやはり点滴がもれていたのが分かり、「点滴が漏れていたら、薬が針から体内に入るわけがないので、そのせいで痛み止めが効かずに、一晩苦しんだのね。」とやけに変な納得をしてみたり・・・

 

一般病棟でも初日はそんな感じで、ネガティブな思いも消えず、「病は気から!!」と自分に言い聞かせて、一生懸命、ポジティブになろうと頑張ったりして。

 

 

でも一般病棟に2晩泊まったあと、入院してから8日目の午前に、ドクターから退院の許可が出て、2本目のドレインチューブも抜き、無事にその日の午後、家に帰ってくることが出来ました。

 

 

 

 

 

=退院後=

 

退院後もはっきり言って、あまり調子は良くなく、翌日、翌々日と、病院へ駆け込むこともありました。

 

とにかく吐き気がひどいので、病院へ着くまでの10分がとてもつらく、病院へ着くなり、トイレへ行って吐く。

そして吐くことによって、ドレインチューブの穴からまた血がにじみ、洋服まで血だらけになって、またパニックになる、といった感じで、このドレインチューブの穴が完全に閉じるまでに2週間ぐらいかかりましたね。

 

家でも3時間置きに痛み止めを飲まないと我慢できませんでしたし、痒み止め・腫れ止めも薬も飲んでいたので、とにかく副作用の吐き気がいつもありました。

 

入院中は何も食べれなかったので、(食欲が全くありませんでしたので) 家に戻ってくる頃にはかなり顔もげっそり状態で、母が作ってくれるおかゆを1口・2口ぐらいしか口にできませんでした。

 

嗅覚も敏感で、臭いのするものは全くダメ。

味がする食事は全くダメ。

という感じがしばらく続きましたねぇ。

 

 

それでも1週間・2週間と、次第に調子が良くなり、痛み止めを飲む感覚も、3時間から6時間、8時間と伸びていきました。

 

最初はB吉が私をシャワーに入れてくれ、私は手が全然挙がらないで、彼が洗ってくれて私はシャワーの下で立っているだけ。

 

とにかく、メスを入れた手術の傷ではなく、骨が痛いというか、胸骨の下に入っているバーが痛いというか、胸の中心は神経をだいぶ切っているので、未だに感覚がないのですが、それでも重い感じがするし、バーが骨の下に入っているので、横向きでもうつぶせにもなれず、寝返りもできません。

 

いつも上向きで寝ないといけないので、背中も痛いし、胸部全体の痛みなので、背中・腕を使うことがあまり出来なかったので、その部分の筋肉もだいぶ弱ってしまいましたし、寝ている状態が長かったので、足も弱ってるし、腹部の筋肉もかなり衰えてしまっています。

 

 

休暇を取って私の側についてくれたB吉が、私が退院後1週間で仕事に戻ってからは、母が1日中、B吉が帰ってくるまで私につきっきりでした。

 

 

母にも「動いたほうがいいのよ」と励まされながら、少しずつ起きていられる時間が長くなり、先週ぐらいから、ちょこっとなら近所にお買い物に行かれるようになり、動けば動くほど、夜の痛みが増すのですが、その分、回復も早くなって、母が日本へ戻る前日は、今回初めて、家族皆でお出かけしました。

私も1ヶ月以上ぶりなので、とても楽しかったです。

 

 

今日から、朝と午後の子供達の送り迎えも、以前のように私がやるようにしましたし、母もいなくなってしまったので、母がやってくれていた食事の仕度や、洗濯も、(主婦なら当たり前ですが) 私が全てやらなければなりなせん。 (涙)

 

今でも、夜中、痛み止めは1回か2回は飲んでしまいますが、昼間は1回ぐらいしか飲みませんし、吐き気止めも飲む回数がかなり減っています。

 

半年から1年後に、胸骨下に入っているバーを抜く手術をするのですが、それまで、バーが入っている限り、激しい運動等もできませんが、どうせ普段からしませんしねぇ。 (笑)

 

今は食欲も戻ってますし、逆に、しっかり食べて、そのくせ、体をあまり動かせないので、入院中に減った体重はすっかり元に戻って、なんだか顔もふっくら・・・ (汗)

 

 

 

とにかく、もう大丈夫です。

 

75%は復帰出来てます。

 

昨日は久しぶりに、ジャイ子にペディキュアとマニキュアをしてあげました。

 

 

そういえば、別れてしまったうちの長女とライアンですが、なんだか最近またいい感じ。

よりが戻ったわけではありませんが、お互いまだ好きな気持ちはあるようです。

私が入院中もお見舞いのお花とバルーンをまた持ってきてくれたり、母の日には、カードとチョコレートをバイトの休憩中に持ってきてくれ、泣かせることが書いてありました。

退院後は、数回我が家で食事をしたライアンは、私の母のお気に入りでもあります♪

 

 

子供たちとも、今回の手術を通じて、新たに絆が深まった気がします。

 

なにより、B吉には心から感謝しています。

本当に、もとからマメな人なのですが、妻の私が言うのも何ですが、私のためなら何でもしてくれる人です。

 

子供を朝スクールに送っていったあと、私の病室に来て、また午後、子供を迎えに戻り、子供の宿題などを見てから、また病院に戻ってきて、夜遅くまで私の側にいてくれました。

私のことを励まし、力づけてくれたのも彼ですし、退院後も、細かいことまで本当に何でもしてくれました。

 

仕事に戻ってからも、子供達の送り迎え、宿題のチェック、それに加えて、私の世話や、母を連れて買い物など・・・ 

長女のバイトの送り迎えもあるし、週末ジャイ子を遊びに連れて行ったり・・・

 

今回のことで、彼が一番大変だったと思うし、実際かなり痩せてしまいました。

夫自慢っていやらしいですが、本当に自慢できる夫です。

 

 

 

だいぶ長くなってしまいました。

もし、ここまで読んでくれている人がいたら、「お疲れ様でした。長々と付き合ってくれてありがとう!!」

 

 

 

これからも、このブログを通じて、B吉・長女・ジャイ子・そして私のハワイでの暮らしぶりをお届けしたいと思います。

 


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