|--/--/-- |     スポンサーサイト   
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 |2007/09/28 |     おばあちゃんの旅立ち   

昨日の夕方、高校時代からの長い付き合いの親友と、国際電話で久しぶりに話していた。

 

電話が終わり、いつもより少し遅い夕食を、家族4人で食べた。

 

その後に買い物に行くので、娘達2人と私で大急ぎで後片付けをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさにそんな時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハワイ時間9月27日。午後6時46分。

 

日本時間9月28日。午後1時46分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の祖母は静かに、1人で、89歳の生涯を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう長いこと、生きる糧は点滴だけの、意識のはっきりしない入院生活の中で、おばあちゃんの意識(魂)はどこで何を見、感じていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

病院のベッドに横たわるおばあちゃんと最後に会ったのは、私達がハワイにいく寸前だった今年の1月。

 

 

 

職場にかかってきた、姉からの「おばあちゃんが危篤」という連絡を受け、家族で駆けつけたのだった。

 

その時は、医者からもかなりの確信で 「恐らく今日か明日には・・・」 という宣告を受けたのだが、結局は少し持ち直した。

 

しかし、医者から 「いつどうなってもおかしくない状態」と変な太鼓判を押されるほど、体中のあらゆる器官の数値が落ちていて、自分で呼吸は出来てるものの、寸前のギリギリのところを彷徨っていたのだった。

 

 

 

 

 

食事はもちろん、飲み物も取れず、入院中は点滴のみでの栄養補給。

ベッドの上に、骨と皮だけのようにやせ細った意識のないおばあちゃんを見つめていると

一体、これで生きていると言えるのだろうか?と思ったりもした。

なんだか、とっても悲しすぎるような気がした。

このような形で生き長らえることは、幸福なこととは思えなかった。

 

人間が生きる、ということ。そして、死ぬ、ということを、深く考えさせられた。

 

 

 

 

 

 

 

うちはおばあちゃんと同居だったため、小さい頃からおばあちゃんっ子だった私。

かなりの年齢になるまで、おばあちゃんの布団にもぐりこんで一緒に寝たりしたし、

おでかけに連れて行ってもらったり、色々おねだりしたり、とにかくおばあちゃんが大好きだった。

 

 

 

 

と、ここまで書いたのだが、数時間前からひどい頭痛がして、今かなりつらい状態になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに悲しい。

悲しいのだけど、それと同時に、私の心にあるのは「解放」という言葉。

 

おばあちゃんは、ようやく「解放」されたんだな、と思うのだ。

おばあちゃんのことが大好きだからこそ、そう思える。

 

 

 

 

痛みや飢えもない。

悲しみや苦しみもない。

孤独にさいなまれることもなく、何かと戦うこともない。

 

ぼろぼろになった肉体からようやく離れ、自由になることができたおばあちゃんの魂は

きっと、悲しんではいないと思うし、むしろ、天へ旅立っていけることに喜んでいるのではないだろうか。

 

 

 

(何故おばあちゃんの場合はこう思えるのに、父の死に対してはいつまでもぐちぐちしてしまうのか、という追求はまた別として・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

おばあちゃんの魂の旅立ちに、きちんとお別れをして、見送ってあげることができないこの状況に対して、とてもストレスを感じているし、父の死に対してのトラウマとはまた違った種類の「後悔」をこの先も感じていくのだろうな、という思いもある。

 

 

 

 

 

 

 

様々な事情の中で、今回、帰国しておばあちゃんを送り出してあげることはできない私は

その現実に、大きな空虚感と頭痛を抱えつつも、ようやく開かれた扉を抜け、

おばあちゃんの魂が、永遠の世界へ旅立っていけることを感謝しているのである。

 

 

 

とは言いつつも、やっぱり笑顔の消えている私を心配し、B吉から「ベッドへ行きなさい。」と

就寝を促された私なので、頭も痛いし、素直にそれに従うことにする。

 

 

 

 

今夜はおばあちゃんとの楽しい思い出を胸に、このまま目を閉じることにしよう。

 

おばあちゃんの魂が、迷うことなく旅立っていけますように。

 

(今日はランキングもなしです)

関連記事
 
/09/28/2007 
大丈夫大丈夫!!心配しないで!!!
ちゃーんときっとお父さんとおじいちゃんがおばあちゃんを連れてってくれたんだよ。病院から連絡があった時は既に息を引き取った後だったおばあちゃんの元に駆けつけたのは私一人だったけど…その時のおばあちゃんの顔ってとっても穏やかだったの。
私達が知ってるおばあちゃんの顔だったよ。ただ寝てるだけって感じでまだ暖かかったし、やわらかかった。
YOUは私以上におばあちゃんに対して特別な思いがあると思うけど、おばあちゃんもちゃんとわかってるはず。知ってるひ孫も長女だけ。ただハワイから冥福を祈ってね。こっちの事は大丈夫。大丈夫だから。
/09/28/2007 
ああ、また今日もnoahさんのブログを読んで号泣してしまいました。
おばあちゃん、noahさんとのたくさんの思い出と一緒に先に旅立った人達の所へ行ったので
きっと向こうで今頃久々の再会を喜んでいらっしゃることでしょう。
noahさんが書いたように痛みや飢えもなく、悲しみや苦しみもなく、
孤独にさいなまれることもなく、何かと戦うこともない平和な所だから
おばあちゃんもきっとホッとしているはず。
chubby>/09/29/2007 
そうか。私達が知ってるおばあちゃんの顔だったか。よかった。本当によかった。
Chubbyも一人で駆けつけてご苦労だっだね。ありがとう。私が選んだ人生とはいえ、こうして日本でのことは、いつもChubbyに任せっきりで申し訳なく思ってます。

知ってるひ孫は長女だけってとこで笑っちゃった。だって、ジャイ子もグーx2も散々一緒にいたのに、結局おばあちゃんの記憶にあるのは長女だけで、他3人は名前さえも覚えてもらえなかったもんね。。。

お通夜&告別式とバタバタすると思うけど、よろしくお願いします。

長女は昨日はスクールからそのままお友達の家にお泊りだったんだけど、テキストで知らせたらビックリして「Oh my God!! How's grandma??」って心配してたよ。

親戚&知人に宜しくお伝えください。帰れなくて本当にごめんね。
私もおばあちゃんこだったから。。。。/09/29/2007 
誰でも家族の死って悲しいものだけど、受け止めて生きていかなきゃいけないんだよね。遠くからでも手をあわせておばあちゃんのことを祈ってれば、思いはつたわるんだよ。

お姉さんがしっかり日本でのことをやってくれててよかったね。お母さんのことを心配する長女がやさしくてうるっときちゃいました。

うちにはお仏壇がないんだけど、おばあちゃんの写真おいて、手をあわせてるのよ。ひ孫をみせたかったなー。。。
ブルーベリーさん>/09/29/2007 
おばあちゃんが亡くなったことに対しての悲しみよりも、帰国できないことに対しての苛立ちが大きくて、頭痛もそのストレスによるものかと・・・けど一晩寝たら大丈夫になりました。
おじいちゃんは私が中3の時に亡くなったから、ブルーベリーさんの言う通り、20数年ぶりの再会を果たせておばあちゃんも喜んでると思います。

温かいコメント、ありがとう!!
Mみさん>/09/29/2007 
おばあちゃんは入院する前も、痴呆がかなりひどくって、大変だったのね。それなのに、たまに長女が会いに行くと、長女のことは分かるんだよねぇ。私がおばあちゃんっ子だったように、長女はグランマっ子だからさ。真っ先にグランマが大丈夫かどうか気になったんだと思う。心の優しい子だわ♪

Mみさんのおばあちゃんを想う心も、きっとMみさんのおばあちゃんに伝わってるよ。
そっかぁ・・・/09/29/2007 
おばあちゃん、旅立ったんだね。
うちのばあちゃんも今年の3月に92歳で旅立ったんだけど、考えたのはばあちゃんにとってばあちゃん自身がどんな人生だったと感じてるのかな~ってことだったよ。
うちの父親が一人っ子なので孫は私と弟だけ。
私は弟の100倍?って思うほど可愛がられたんだけど悲しみよりも、ばあちゃんアリガトって気持ち&とうとう逝ったんだなぁ。。。っていう何だかぽわ~んとした気持ちが強かったな。
うんうん、楽しい思い出をいつまでも胸に留めておくことが一番の供養になるね。
ご冥福をお祈りします。
心からご冥福をお祈りします。/09/30/2007 
noahさんが日記で訴えたかった気持ちが
手にとる様に分かります。
私達みたいに海外で生活する者にとっては
最後送り出してあげる事がなかなか難しいので。
でもnoahさんのその気持ちは絶対におばあちゃんに届いてると
思います。
おばあちゃんは今痛みから解放されて安らかな地へ旅立たれ、
これからはnoahさんの事をあちらから見守ってくれますよ、きっと。

マグねー>/10/01/2007 
そうか。マグねーのおばあちゃんも今年92歳で旅立ったんだね。
私も「おばあちゃんは自分の人生を幸せだったって思えるかなぁ」って考えた。最後の5年ぐらいは、痴呆がひどかったし、ましてや去年入院してからは、点滴だけだった上に意識もぼやけてたから。でも元気だった頃のことを振り返って、「あぁ、私の人生は幸せだったよ」って思ってくれるかなぁ…って。
悲しみよりも「お疲れ様。入院生活、疲れたね。」っていう思いかなぁ。
くろねこさん>/10/01/2007 
暖かいコメント、ありがとうございます。
やっぱり、こういう時にすぐ駆けつけることができない状況に、地団駄を踏む思いですね。母&姉が葬儀で忙しくしていたこの週末、私はここで、普通の週末を過ごしていたことに対しても、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

おばあちゃんっ子だったとは言え、かなり聞かん坊なやんちゃな孫だったので(笑)、「おばあちゃん、ごめんね。そしてありがとう。」っていう私の気持ちが伝わっていることを願ってます。
secret

trackback url
http://noahz.blog81.fc2.com/tb.php/173-7405f9ab

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。