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 |2008/05/19 |     手術・入院・そして退院   

皆様、ご無沙汰してます。noahです。

皆さん、お元気ですか?

 

4月22日に手術をしてから、明日で4週間になります。

 

 

皆様の温かい励ましのコメント、本当にありがとうございます。

こうして、インターネット/ブログを通じて、遠く離れている皆さんの温かい人柄・愛を感じ (勝手に感じてます 笑) 心から嬉しいです。

 

 

先週辺りから、調子もだいぶ良くなり、自分で近所を運転しても吐き気を感じなくなったり、自分でシャワーを浴びれるようになったり、かなり一人で動けるようになりました。

 

まだ完全復帰とは言えませんが、普段家ですることぐらいは出来るようになり、母もB吉も、そしてもちろん子供達も安心してくれていると思います。

 

 

ご心配おかけしましたが、あとは徐々に時間をかけて元に戻りたいと思っています。

 

 

とは言え、私の場合、半年から1年後には、2回目の手術を受けなければいけないのですが、それは今回のとは比べようもないほど簡単な手術になるので、あまり不安はありません。

 

これからは、以前のように、普段の我が家の暮らしぶりを楽しくお届け出来るようになると思います♪♪

 

 

 

 

 

皆様の中には、「一体何の手術やら・・・?」と思ってらっしゃる方もいるかと思うので、私の記録のためにも、手術のこと、そして術後のことを書きたいと思います。

 

長くなると思うので、興味のない方は飛ばして下さい♪

 


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手術後は、Progressive Care Unitと言って、ICU(集中治療室)と一般病棟の中間のレベルに位置する病棟に送られ、そこで5日間過ごしました。

その後、一般病棟に移り、そこで2日間過ごたのちに退院しました。

1週間の入院ということですね。

 

 

退院してから、明日で3週間になりますが、この1週間でかなり動けるようになりました。

 

 

最初は3週間弱の滞在予定だった母も、飛行機の便を変更してくれ、約1ヶ月、私と子供達の世話をしてくれました。

 

そんな母も、とうとう昨日、日本へ帰ってしまい、今日から母なしの生活です。

 

母が来てくれなかったら、恐らく、B吉が本当に大変な思いをしたと思います。

何しろ、朝と午後は子供達の送り迎えがあり、その間、私の病室で過ごし、行ったり来たりだったので、その上、ご飯の支度や洗濯などがあったら、彼が倒れていたかもしれません・・・

 

 

なので、私もB吉も、母には本当に感謝しています。

朝から夜まで、子供達の世話や家のこと、私が退院してからは、私の世話をとても良くしてくれました。

母がいてくれたお陰で、私も心強かったです。

 

 

 

 

 

今回の手術は、英語でCardiothoracic Surgery、日本語では、胸部外科手術なのですが、(あ、豊胸手術じゃありませんから・・・ 笑) 私の場合はあくまでも、胸部全体の骨の手術なので、心臓手術などではありません。

 

手術自体は5時間程度のものでした。

 

 

鎖骨から下、みぞおちまでの胸部のあばらを切断したり、縫い合わせたり、バーを差し込んだりしてるので、担当のドクターや、麻酔のドクター (あ、今回は前回の麻酔のドクターじゃありませんでした♪) ナース等、皆が手術前に「この手術は痛みを伴う手術」とか「術後は本当に酷い痛みがある」等と散々聞かされていて、自分でも「一体どんな痛みなのか?」と不安でしたし、痛みに対する恐怖もあったのですが、実際、術後の痛みは、想像以上のものでしたねぇ。。。 笑

 

 

 

 

=入院中  Progressive Care=

 

痛みが酷い手術なので、背中から硬膜外麻酔のカテーテルを入れ、強い痛み止めの点滴 (というか、一種の麻酔ですね) をずっとしていました。

 

それに加えて、腕の点滴からも痛み止めのモルヒネが入っていて、これは、私の手元にスイッチが伸びていて、痛みを感じたら、いつでもそのスイッチを押すと、自動的にモルヒネが注入されます。

 

2つの痛み止めの点滴をしていても、痛みは感じましたし、強い痛み止めの薬のために、副作用の吐き気がひどく、手術の翌日にも拘らず、何度も吐いてしまい、本当につらかったです。

 

そのうち、やっぱり薬の副作用で、体中がかゆくなり、自分の手が届くところは全て、寝ながらボリボリ掻いてしまい、背中やお尻、腿や腕などは、まるで鞭でうたれたかのように傷だらけになっていました。

 

 

術後はあまり調子がよくなく、血液中のヘモグロビン濃度が極度に少ないことによって、体内の酸素濃度も低くなってしまっていました。(ヘモグロビンは肺から全身へ、酸素を運搬する役割を担ってます。) 

 

なので、酸素チューブをしていたのですが、薬によって、うつらうつらと寝ているのですが、その時にどうも、息をする感覚が非常に遅く、あまりに次の息を吸わないと、アラームが鳴るのですが、それが聞こえて、ハッとしてまた息を吸う、という状態が2日間続きました。

 

側についているB吉や、お見舞いに来てくれる母、また担当のナースが、私が息をしていないと、トントンッと私を突き、呼吸を促します。

 

息を止めているつもりはないし、自覚もないのですが、うつらうつらとしている中でも、周りの音や皆の会話は聞こえていて、酸素濃度が少ないとか、息をしないとかの話を聞いて、寝ながらも「あぁ、私はこのまま、もう目を覚まさないのかな・・・」 「こんな手術をして、このまま死んでしまうのかな・・・」 等とかなり弱気になっていましたし、自分のそんな弱さに嫌気もさしていました。

 

 

強い痛み止めによって、幻覚・幻聴もひどく、いつも夢と現実のはざまをうろついている状態でした。

壁のシミが虫に見えたり、動くはずのないものが動いたり・・・

また、夢を見ているのですが、それが現実なのか夢なのか分からず、ゼスチャー付きの寝言もかなりハッキリと言っていて、自分の声で起きると、腕を宙に上げて、何かしていたり・・・ 

この現象にはかなり悩まされました。

 

 

結局、ヘモグロビン濃度が一向にあがらないので、緊急輸血をされ、その輸血後は調子がかなり良くなりました。

 

術後、初めて起きて病室の中を歩いたのは3日後になっていました。

足の感覚がなく、まるで産まれたての子馬のような、ヨロヨロとした歩き方で5歩ぐらいがやっとの状態。

 

それでも次の日、また次の日と、B吉に励まされながら、病室から、廊下、ナースステーションまで・・・と次第に歩ける距離が長くなってきた時は、本当に嬉しかったです。

 

 

なので、手術をしてから4日間は、かなり調子も悪く、精神的にも最悪の状態で、寝ながらB吉に弱気なことを言っては涙を流していましたね。。。

 

子供達も、そんな最悪の状態の時に会いに来てくれ、でも私は具合が悪いので子供達を見つめることも出来ず、話をすることも出来ず、なんとも情けない気持ちでした。

 

 

輸血が効いたのか、輸血後はヘモグロビン濃度も上がり、それでもまだ平均以下で、酸素チューブをはずせたのは、術後5日になっていました。

そして、その日にようやく一般病棟に移ることが出来ました。

 

 

 

 

=入院中 Ward =

 

一般病棟に移って、背中の硬膜外麻酔も抜かれ、お腹から出ている2本のドレインチューブのうちの1本も抜かれ、尿のカテーテルも抜かれ・・・ と1つ1つ、何時間か置きに、体からチューブや針が少なくなっていくのは、本当に嬉しかったですね。

 

 

抜いたドレインチューブの穴には、もちろんガーゼをしてテープで止めているのですが、気が付くとガーゼ・ガウン・ブランケットまで血まみれになっていて、気を失いそうになりながら、泣き声でナースコールをしたり・・・

 

点滴の針がずれて、どうも薬が漏れているようで、ナースに見てもらっても「もれてない」と言うのですが、一晩、痛み止めが全く効かず、死ぬほどの焼けるような痛みに苦しみ、「せっかく一般病棟に来れたのに、また具合が悪くなっている。やっぱり、私の体は、まだ悪いんだ・・・」と痛みの中で悲しくなったり・・・・

 

翌朝、他のナースに見てもらったらやはり点滴がもれていたのが分かり、「点滴が漏れていたら、薬が針から体内に入るわけがないので、そのせいで痛み止めが効かずに、一晩苦しんだのね。」とやけに変な納得をしてみたり・・・

 

一般病棟でも初日はそんな感じで、ネガティブな思いも消えず、「病は気から!!」と自分に言い聞かせて、一生懸命、ポジティブになろうと頑張ったりして。

 

 

でも一般病棟に2晩泊まったあと、入院してから8日目の午前に、ドクターから退院の許可が出て、2本目のドレインチューブも抜き、無事にその日の午後、家に帰ってくることが出来ました。

 

 

 

 

 

=退院後=

 

退院後もはっきり言って、あまり調子は良くなく、翌日、翌々日と、病院へ駆け込むこともありました。

 

とにかく吐き気がひどいので、病院へ着くまでの10分がとてもつらく、病院へ着くなり、トイレへ行って吐く。

そして吐くことによって、ドレインチューブの穴からまた血がにじみ、洋服まで血だらけになって、またパニックになる、といった感じで、このドレインチューブの穴が完全に閉じるまでに2週間ぐらいかかりましたね。

 

家でも3時間置きに痛み止めを飲まないと我慢できませんでしたし、痒み止め・腫れ止めも薬も飲んでいたので、とにかく副作用の吐き気がいつもありました。

 

入院中は何も食べれなかったので、(食欲が全くありませんでしたので) 家に戻ってくる頃にはかなり顔もげっそり状態で、母が作ってくれるおかゆを1口・2口ぐらいしか口にできませんでした。

 

嗅覚も敏感で、臭いのするものは全くダメ。

味がする食事は全くダメ。

という感じがしばらく続きましたねぇ。

 

 

それでも1週間・2週間と、次第に調子が良くなり、痛み止めを飲む感覚も、3時間から6時間、8時間と伸びていきました。

 

最初はB吉が私をシャワーに入れてくれ、私は手が全然挙がらないで、彼が洗ってくれて私はシャワーの下で立っているだけ。

 

とにかく、メスを入れた手術の傷ではなく、骨が痛いというか、胸骨の下に入っているバーが痛いというか、胸の中心は神経をだいぶ切っているので、未だに感覚がないのですが、それでも重い感じがするし、バーが骨の下に入っているので、横向きでもうつぶせにもなれず、寝返りもできません。

 

いつも上向きで寝ないといけないので、背中も痛いし、胸部全体の痛みなので、背中・腕を使うことがあまり出来なかったので、その部分の筋肉もだいぶ弱ってしまいましたし、寝ている状態が長かったので、足も弱ってるし、腹部の筋肉もかなり衰えてしまっています。

 

 

休暇を取って私の側についてくれたB吉が、私が退院後1週間で仕事に戻ってからは、母が1日中、B吉が帰ってくるまで私につきっきりでした。

 

 

母にも「動いたほうがいいのよ」と励まされながら、少しずつ起きていられる時間が長くなり、先週ぐらいから、ちょこっとなら近所にお買い物に行かれるようになり、動けば動くほど、夜の痛みが増すのですが、その分、回復も早くなって、母が日本へ戻る前日は、今回初めて、家族皆でお出かけしました。

私も1ヶ月以上ぶりなので、とても楽しかったです。

 

 

今日から、朝と午後の子供達の送り迎えも、以前のように私がやるようにしましたし、母もいなくなってしまったので、母がやってくれていた食事の仕度や、洗濯も、(主婦なら当たり前ですが) 私が全てやらなければなりなせん。 (涙)

 

今でも、夜中、痛み止めは1回か2回は飲んでしまいますが、昼間は1回ぐらいしか飲みませんし、吐き気止めも飲む回数がかなり減っています。

 

半年から1年後に、胸骨下に入っているバーを抜く手術をするのですが、それまで、バーが入っている限り、激しい運動等もできませんが、どうせ普段からしませんしねぇ。 (笑)

 

今は食欲も戻ってますし、逆に、しっかり食べて、そのくせ、体をあまり動かせないので、入院中に減った体重はすっかり元に戻って、なんだか顔もふっくら・・・ (汗)

 

 

 

とにかく、もう大丈夫です。

 

75%は復帰出来てます。

 

昨日は久しぶりに、ジャイ子にペディキュアとマニキュアをしてあげました。

 

 

そういえば、別れてしまったうちの長女とライアンですが、なんだか最近またいい感じ。

よりが戻ったわけではありませんが、お互いまだ好きな気持ちはあるようです。

私が入院中もお見舞いのお花とバルーンをまた持ってきてくれたり、母の日には、カードとチョコレートをバイトの休憩中に持ってきてくれ、泣かせることが書いてありました。

退院後は、数回我が家で食事をしたライアンは、私の母のお気に入りでもあります♪

 

 

子供たちとも、今回の手術を通じて、新たに絆が深まった気がします。

 

なにより、B吉には心から感謝しています。

本当に、もとからマメな人なのですが、妻の私が言うのも何ですが、私のためなら何でもしてくれる人です。

 

子供を朝スクールに送っていったあと、私の病室に来て、また午後、子供を迎えに戻り、子供の宿題などを見てから、また病院に戻ってきて、夜遅くまで私の側にいてくれました。

私のことを励まし、力づけてくれたのも彼ですし、退院後も、細かいことまで本当に何でもしてくれました。

 

仕事に戻ってからも、子供達の送り迎え、宿題のチェック、それに加えて、私の世話や、母を連れて買い物など・・・ 

長女のバイトの送り迎えもあるし、週末ジャイ子を遊びに連れて行ったり・・・

 

今回のことで、彼が一番大変だったと思うし、実際かなり痩せてしまいました。

夫自慢っていやらしいですが、本当に自慢できる夫です。

 

 

 

だいぶ長くなってしまいました。

もし、ここまで読んでくれている人がいたら、「お疲れ様でした。長々と付き合ってくれてありがとう!!」

 

 

 

これからも、このブログを通じて、B吉・長女・ジャイ子・そして私のハワイでの暮らしぶりをお届けしたいと思います。

 


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久しぶり!/05/19/2008 
日記アップできたんだね。大変な手術だったね、おつかれさま♪お母さんがそっちで手伝ってくれて本当に良かったね。まだまだ本調子じゃないから、無理をしないで、のんびりやって下さい。
退院、おめでとうございます♪/05/19/2008 
どんな手術だったのか、この日記を読ませてもらって分かりました。
とても辛い1ヶ月でしたね。
読みながらワタシまで苦しくなってきてしまいました。
っが、ご主人様の献身的な看病の甲斐あって、noahさんも回復に向かっていると知って、良かったです。
お母様、お2人の娘さんにも支えてもらって、ホントに良かったですね。
今、ココで何の心配もなく健康でPCに座っている自分が、どれだけ有り難いコトなのか、気付かせてもらいました~。
noahさんも無理せずに、早く良くなってくださいね。
お大事に☆/05/19/2008 
やっぱりアメリカ、退院が早いですね。
お家に戻られてからもずいぶん大変でしたね。
少しずつ回復されているとお聞きして安心しました。
日本からのお母様、B吉さんに長女ちゃん&ジャイ子ちゃん、
みんなの愛を読んでいてひしひしと感じましたー。
本当に素敵なご家族ですね♪
どうかごゆっくりカラダを休めてください。
早く良くなられますように☆
/05/20/2008 
ずいぶん大変だったんですね!ずっと心配してました(><)
だいぶ回復されたみたいで本当によかったです!
こうゆう時に家族の有り難さに気づきますよね☆
お母様、長女ちゃん、ジャイ子ちゃん、そしてB吉さん素敵な家族に恵まれて幸せですね!
ゆっくり無理せずに回復してください☆
Chubby>/05/20/2008 
本当にママが来てくれなかったらどうなっていたことやら・・・ 本当にすごく助かりました。
手術自体は、私は麻酔で寝てたし分からないけど、術後は想像以上でした。
痛みも、今まで経験したことのない痛みで、痛みに強いはずの私も立ち向かえなかったよ。
でももう大丈夫です。心配かけたね。
mangoさん>/05/20/2008 
人生初めての手術だったこともあって、かなり不安だったんですけど、ジャイ子や長女の時の手術を見ていたので、なんとなぁく自分で想像してたんですよねぇ。けど、本当に想像を絶するものでした。。。 (笑)
B吉や母、そして子供達がいてくれたからこそ、弱気の時も何とか「気」を強く持って頑張れました。
今では家事はほとんど自分でも出来るようになったし、もう大丈夫です!!☆
温かいコメント、本当にいつも感謝してます。ありがとう♪♪
ちいさん>/05/20/2008 
日本だったら恐らく2週間ぐらいは確実に入院だったと思います。(笑)
でもやっぱり、病院にいると、なんとなく気が滅入るんですよねぇ。ネガティブワールドにどっぷりはまってしまってました。
なので、早く家に戻れた方が良かったです。自分の家ってやっぱり落ち着きますしね♪
退院後もしばらくは調子が悪かったんですけど、B吉や母の看病のお陰もあって、ここまで回復しました。
子供達もとっても優しくしてくれましたし・・・ (笑)

毎回、温かい励ましのコメント、本当にありがとうございます!!
ももさん>/05/20/2008 
心配してくれてありがとう♪
でももう大丈夫です。
やはり、もう若くないので、その分回復が遅いんですよねぇ。これが10代とか20代前半のピチピチだったら(死語?) もっと早く元気になってたと思うんですけど・・・  (涙)
今回、家族が側についてくれてなかったら、もっとダラダラと具合が悪いままだったと思います。家族の励ましや愛のお陰なので、感謝してます。
ももさんも、本当にいつも、心温まるコメント、ありがとうね♪♪
お大事に・・・/05/20/2008 
はじめまして、
退院おめでとうございますv-254
ブログでものすごい手術をされた様子が、
最後まで読ませていただいてわかりました。
あまり無理をしないで、
休養&静養が一番のお薬だと思いますが、
日本のお母さんが帰国されて、さぞ心細いでしょうね.....

我が家もA型の私を除いて全員B型の家族です。
娘たちはもう大学や就職でいませんが、
お助けママはいざというときは、
どこにでも飛行機で飛んでいく準備OKでいます。
近くに家族がいるだけで、何でも頼めることありますね。

神様がくれた休日と思い、のんびり静養してくださいね。

お邪魔しました。。。

/05/21/2008 
noahさん、ほんとに大変辛い日々を過ごしていたのですね・・・。
でも旦那さんやお母様やご家族の励ましと愛のおかげで
一ヶ月で復帰できて本当に良かったですね。
noahさんはまだ若いし回復も早いと思うので、
これからもめきめきと体が元通りになる事でしょう。でも無理をしないでね。
洗濯や掃除などは娘ちゃんに手伝ってもらって料理はテイクアウトにしたりして・・・。
術後まだ一ヶ月なのだから主婦の仕事もあと一ヶ月はゆっくりと休んで大事になさって下さいね。
おかえり~!♪/05/21/2008 
待ってたわよ~っ!!♪♪良かったよぉ~っ!!(>_<)
何度か電話しようかなぁ・・・とか思ったんだけど、調子悪いと辛いだろうと思ってさぁ・・・。ブログがアップされてからにしようと思ってたんだっ!♪
かなり、キツかったみたいね・・・。嗚呼~、でも本当良かったわよぉ~っ!!(>_<)

近々、電話するっ!!♪実は・・・ちょっと報告もあんのよねぇ~!(笑)
ポムポムプリンさん>/05/21/2008 
こんにちは。はじめまして♪
温かいコメント、ありがとうございます。
母が帰国してしまってから、心にポカンと穴があいたような感じです。
私もいい年で、2人の娘の母親なのに、やはり自分の母の前では、いくつになっても子供のように甘えてしまいますねぇ。

ポムポムプリンさんのお子様達は、もうお仕事をされていたり、大学に通っていて、手が離れているのですね。
何かあったら、すぐ飛行機で飛んでいける準備OK、というのは本当に心強い母ですね!!
うちの母も、いつでも飛んできてくれて、本当に感謝してますし、私もそういう母になりたいです。

今度はポムポムプリンさんのブログにお邪魔させていただきますね。
ブルーさん>/05/21/2008 
いやぁ、もう若くないから回復が遅いみたいなのですぅ。長女やジャイ子とは比べ物にならないほど、亀のようなスローペース・・・
それでも確実に、日に日に良くなってきてると思うので、もう大丈夫です!!
料理も、今まで作れなかった分、出来るだけ作ってます。出かけたり、飛んだり跳ねたり出来ない分(?) 料理するのが楽しいんだよね。
もともとアクティブな人間じゃないから、手術する前とやってることは大して変わってなかったりして・・・ (汗)

ブルーさんももうすぐPSCでしょ? 全然ブログ巡りもしてないから、ボチボチ皆さんのところにお邪魔しに行かなくちゃだわ。(笑)

温かいコメント、本当にありがとう!!
aki>/05/21/2008 
心配かけたね。姉とも何度かメールでやり取りしてくれてたみたいで・・・
ごめんね。
本当に、かなりキツくて、随分精神的にも参ってたし、「私はこのまま良くならないで、傷口から感染したり、寝てばっかりいるから肺に水が溜まって肺炎になったりして、もうダメなのかも・・・」とかって一人で落ち込んだりもしたけど。。。
でももう大丈夫だよ。お母さんやB吉、子供達のお陰で、ここまで復活できました。

やっぱり、あまり電話でしゃべったりとかって今までは出来なかったから、まだ誰ともしゃべってないんだけど、akiちゃんの言う「報告したいこと」もとっても気になるし、近いうちに話そうね!!

Z市のMさんにも「もう大丈夫です♪」って言っといてね。
/05/22/2008 
おかえりなさい!待ってました!!
ものすごく大変だったのが、痛いほどよくわかりました。
全部読ませて頂いて・・・
お母さんがいてくれて、本当によかったです!
でもでも、こんなに長く、また文章が書けるぐらい回復したんだなと
いうのも、よくわかりました。
無理をしないで、ゆっくりゆっくり生活して下さいね。
また、ここのブログを拝見するのを、楽しみにしています。
noahさん、お疲れ様でした。/05/22/2008 
私自身、ハワイで3度も手術経験があり、その中のひとつは大手術
だったので、手術の種類は違ってもどの様な経過でどう過ごされたか
noahさんの記録を読みながら凄く想像出来ました。

こうしてネットに復活出来るほどになり本当に良かった。。。
どうしているんだろうと心配でした、とにかく無事退院されて何より。
退院してからも色々と大変なんですよね?今まで自分が普通にしていた事
がなかなか出来なくってそんな自分にイライラしたり・・・
でも、無理せずにゆっくり静養して下さいね。noahさんの記事は
楽しみにしてますが、何よりもnoahさんの健康第一なので、無理せず
出来る時に更新してくださいね~♪
やっとここへこれました。/05/22/2008 
ずっと書き込みできなかったので。
前に電話したときも、寝てたのをおこしちゃったし、お母様がいらしてたときにちょこっとお見舞いによったときも、薬で寝ていたので、こちらから連絡するのをひかえてたの。
体の具合はいかがですか?
痛みが早くなくなるといいんだけど。。。
調子がよくなってからでいいから、電話ください。

またご飯食べに行って、たくさん栄養つけようね。
ごめん全然知らなくて。。大丈夫??/05/22/2008 
ちょっと。。。大丈夫??ごめんね全然MIXIにも来てなくってNoahがそんな状態とは気がつかなかった。。。いったいどうなってるの??手術したなんて・・・
久々にMixiチェックしたらこんな日記になってるし。。びっくりしました。
大丈夫??大丈夫??でもB吉もお母さんもいてくれたんだね、よかったね。
いや・・・本当になんていっていいかわからないけど、とりあえず退院おめでとう。
その後経過がよいことを願ってるよ!
無理しないでね。病院はきっとPink Hospital ね。私が息子出産したところだ。

がんばれ!がんばれ!No-ah!!
/05/23/2008 
痛み+幻聴+幻覚、本当にお疲れ様。
こうやって、そのことをブログに書けるまでに回復してよかったよ!
豊胸手術じゃないよとか冗談まで書けるようになったし。
家族がいて助けられたことがあると同時に家族がいるから回復したい気持ちが強くなるっていうのもあるよね?
やっぱさ、人間ひとりじゃないってことだよ。
家族がいない人でも友達からもらえるパワーはあるし。
あと25%の回復、少しずつ無理せずにね。
MOGURINさん>/05/24/2008 
母の助けとB吉の献身的な看病のお陰で、ブログもアップできるほど復活できました♪
本当、私1人だったら、きっとまだ、病院でヨロヨロしてるかも。(笑)

ブログは、サラッと書くか、詳しく書くか悩んだんだけど、きちんと記録しときたかったから、ちゃんと説明的に書くことにしたら、いつも通り長ーーくなっちゃって・・・ 休み休み1日がかりで書きました。へへへ。

心配おかけしましたが、もう大丈夫です。温かい励ましのコメント、いつもありがとうございます!!!
くろねこさん>/05/24/2008 
そうですよね。くろねこさんも、ここハワイで3度も手術してるんですよね。
人間の体ってつくづくすごいなぁって思いました。だって、自分の胸をパックリ開けられてるのに、手術後、またちゃんと傷がくっつくし、(くっつかなかったら大変ですけど・・・) 一度ベッドから出て歩き出すと、体がちゃんと反応してくれて、徐々に歩けるようになってくるし。
1ヶ月かかりましたが、もうほとんどのことは出来ますし、残りの「痛み」とは今後も上手く付き合っていかないといけませんねぇ。

皆さんが心配してくださって、そして、こうして「もう大丈夫です!!」という報告もできましたし!! ゆっくり静養しすぎて(?)なんだか「ふっくら」してきましたよ・・・ (汗)
このように、またブログを通して皆さんにお会いできて本当に嬉しいです。

くろねこさんの心温まるコメント、本当にいつも心に「ズンッ」ときます。
ありがとうございました!!
Mみさん>/05/24/2008 
Mみさーん!! 色々心配かけちゃったね!! ごめんね。そしてありがとう。
たぶん、Mみさんが家に寄ってくれたのは、私が退院してすぐだったんだと思うけど・・・
あの頃は、本当に食事時以外は薬で寝てばかりだったし、痛みもかなりあって、退院はしたものの、結構つらい時期だったかも。
美味しいパイも持ってきてくれてありがとう!!
最近はもうほとんど復活です。ペースはゆっくりだけど、家事もちゃんとやってるし。
だから、またランチ行こうね。というか、ゆっくり会ってお話したいね!!
電話します!!
peace>/05/24/2008 
peaceは忙しいと思ってたし、中々メールとかもチェックする時間もないだろうと思ってさ。
そうそう。ピンクの病院だよ。長女といい、私といい、ピンクの病院にはお世話になってるよ。
手術も無事に済んだし、術後1ヶ月経って、もうほとんど復帰できてるよ!!
B吉も側にいてくれたし、お母さんも来てくれたから、彼らのお陰です、本当に。
子供達もとても心配してくれて、ジャイ子なんか、未だに私が「痛い・・・」って言うと、何でも言うこと聞くし・・・ (笑) 2人ともとっても「良い子」になっちゃって、「なんで私が具合が悪いときだけなのかしら?」って思うよ。
もう大丈夫だから心配いらないよ!! 次にpeaceに会う時は(いつになるやら・・)前の私と変わらないはず。あ、前よりふっくらしてるけど・・・
心配かけちゃってごめんね!! コメントありがとう!!!
マグねー>/05/24/2008 
お陰様で、ここまで復活できました~。マグねーもいつも励ましのコメントをくれて、本当にありがとう!

「豊胸手術」の冗談はね。まじめに、手術前から「どうせ胸をパックリ開けるんだったら、ついでにシリコンでも食塩パックでもいれてくれたら一石二鳥なのに・・・」なぁんて、ふざけたこと考えたりして・・・ ははは~。
マグねーの言うとおり、家族がいてくれたお陰で、家族のためにもちゃんと回復したいって気持ち、本当に強くあったよ。

今回のことで、「自分は一人じゃないんだな。こんなに自分のことを心配してくれてる人達がいるんだな。」って心から思ったし、それによってパワーももらえた気がする。

幻覚+幻聴は本当に気持ち悪かった。薬のせい、とは言え、とっても頭が混乱してたよぉ。
痛みはまだあるけど、たぶん、バーが入ってる限りは消えない痛みなのかなぁって思うから、バーを抜くまで、上手く付き合っていかないと、って思ってます。

これからまた、徐々にマグねーのブログにも奇襲攻撃かけに行くから(?)ヨロシクね♪♪
びっくりしましたけどおかえりなさい!/05/27/2008 
ハワイ旅行4/22~29ま帰ってきてバタバタしてました。
そして久しぶりにここにきてみると!

ななななんとびっくりnoahさん良くなってきてるってことで安心して読ませていただきました。

私も骨髄液が少なくなって起き上がると脳が下がってすごい頭痛な症状で
約2週間入院したことがあります。
子供がうまれて2ヶ月だったので
おっぱいは出るし冬だしってことで・・・水分不足だったようです。
なので骨髄液のことやくも膜下出血のことはよく調べました。


そうなってみて改めて
家族の励ましが、パートナーの大事さが身にしみてわかるんですよねぇ。

noahさんが一番辛かったと思いますけど

家族にとってほんとによかったですね☆
おっぺけペーなおもしろいプログもきっとすぐ復活ですね。楽しみにしてます。
おかえり~/05/27/2008 
ブログを読んですっごく心配したけど
無事復活おめでとう
本当に大変な手術&術後だったみたいだけど
少しづつでも良くなってる様で安心しました

何度か電話しようかと思ったけど
無理に起こしたり、調子悪い時だと申し訳ないので
以前の様に元気ハツラツに戻って時間が出来たら電話してね

がんばれ~
yummyさん>/05/27/2008 
yummyさん、ハワイ旅行はどうでしたか? 
せっかくのチャンス、本当だったら是非お会いしたかったんですけど、丁度手術当時から退院の日までと重なってましたねぇ。。。 ははは~。

脳を支える骨髄液が減少することによって起こる頭痛は、本当に辛かったです。
yummyさんも同じ経験されていたんですねぇ。yummyさんは特に、お子さんを産んで2ヵ月後だったということで、精神的にも肉体的にも、辛かったと思います。
起き上がれない、という辛さ。あの頭が爆発するような頭痛。2度と経験したくないですよね。

今回つくづく、家族の愛に救われました。

術後1ヶ月ちょっと経って、私もどんどん回復しています!!これからもよろしくお願いします♪

kakoっち>/05/27/2008 
心配かけちゃったね。ごめん!!
でも、もう大丈夫なのよ。あとの痛みは、恐らく次の手術が終わるまで残ってると思うから、走ったり、踊ったり、腹筋したり、張り切ってwiiしたりとかは出来ないけど(笑)
あ、笑っちゃうのは、くしゃみが出来ない。鼻炎持ちの私としては、くしゃみがよく出るんだけど、蛙が潰されたような変な声のくしゃみもどきになってるよ。
しゃっくりも痛いんだけど、これも、子供みたくよくしゃっくりがでちゃうから困ってます。
それ以外は、ほとんど復活かなぁ・・・ トイレで踏ん張れるし。(爆)

今度、余裕のある時に連絡するね!!
secret

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