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 |2007/01/24 |     逃げ道   

おばあちゃんは結局、少し持ち直して、今日明日にどーのこーの、という状態からは脱出した。

でも今以って昏睡状態は変わらない。。。


おばあちゃんと言えば・・・

私の子供達にとってのおばあちゃんとは、私の母であり、夫の母である。

我が家はもちろん核家族で、共働きである我が家では、スクールが終わると、長女は一人でお留守番。そして次女はYouth Centerで私が迎えに行くまで過ごすのだ。


私の母も働いていた。

私が学校から帰ると、働いてる母に代わって、おばあちゃんが「お帰りなさい」と言ってくれた。いつもおばあちゃんがいてくれた。

鍵っ子に憧れていたハナ垂れ小僧の私は、たまにおばあちゃんがいないと、ちょっとドキドキしながら、家の鍵が隠してある物置をあけ、隠し場所から鍵を取り、家の鍵を開けた。

少し大人気分になったりした。


私の母にはすぐ会いに行ける。車で10分ぐらいだしね。
夫の母に会いに行くには、飛行機に乗ってアメリカ本土までいかなくてはならない・・・


私の母の家には、私の姉夫婦が一緒に住んでいて、娘が2人いる。夫の母の家には、夫の姉が娘と居候(?)している。


はっきり言ってうらやましいと思う。


父や母に叱られた時、姉と喧嘩した時、友達と喧嘩した時、私にはいつもおばあちゃんがいた。

私にとって、おばあちゃんとは「逃げ道」だったような気がする。

「必ず味方でいてくれる人」という自信。「私のことは必ず許してくれる」という確信みたいなもの。


来月私達は、トロピカルな場所へと出発する。

これで、夫の母はもちろん、私の母にも、飛行機に乗らないと会えなくなる暮らしがまた始まる。

私にいつも「おばあちゃん」という強い存在があったように、私の子供達にも、そんな心の拠りどころがあったらいいのになって思う。

絶対的な「逃げ道」がいつも側にあるという安心。

ダディとマミィに叱られても、私にはおばあちゃんがいるもんね!という逃げ道。

上手く言えないけど、私が幸せにも両親からの愛情プラス「おばあちゃんの愛」を浴びて育ったと同じように、私の子供達にも側で感じる「おばあちゃんの愛」と一緒に育つことができたら幸せなのになぁって思う。。。
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