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 |2007/01/23 |     大好きだった・・・   

仕事中にかかってきた姉からの電話。

「おばあちゃんが危篤で危ない」



私は子供の時から本当におばあちゃんっ子だった。

おばあちゃんは優しくて、何でも言うこと聞いてくれて、母に怒られたときは慰めてくれるし、私の半端じゃないワガママを、文句を言いながらも聞き入れてくれた。

夫の乗っていた船が半年以上出港してしまうので、アメリカから生後8ヶ月の長女を連れて里帰りした時。

おばあちゃんにとっては初ひ孫である長女のことを、それはそれは可愛がってくれた。

長女をおんぶし、近所を散歩したり、習っていた「踊り」の練習に連れて行ったりしてくれた。


おばあちゃんにとって私は、決して「可愛い孫」だったわけではないはずだ。

思春期の頃は、おばあちゃんに対しても半端じゃなく反抗的な態度を何度も何度もくり返し取った。

長女が生まれた後だって、年と共にボケてきたおばあちゃんに対し、なんとも言えない苛立ちを覚え、強い口調で接した。

おばあちゃんが入院してからは、数えるほどしかお見舞いに行ってない。

これで「おばあちゃんっ子」だなんて笑っちゃうけど、でも子供の頃は、本当におばあちゃんにべったりの子だった。


今日、連絡を受けて病院にかけつけた。

とても小さくなったおばあちゃん。

声をかけても反応してくれない。酸素マスクをして、苦しそうに息をしていた。

見ているだけで辛かった・・・

手を握って、おばあちゃんに声をかける。

「おばあちゃん!!聞こえてたら手をギュッと握ってみて!」

私の声は届かなかったのか、届いていたけど力がなかったのか、私の手を握り返してはこなかった。

母と一緒にドクターの話を聞いた。

もしかしたら今夜にでも、ドクターの経験から考えても2~3日中には・・・・ という話だった。


今私は家にいる。

ずっとおばあちゃんのことを考えている。

寒い夜、おばあちゃんの布団に忍びこび、冷えた足と手をおばあちゃんのモモの間にはさんで寝たたくさんの夜。

泳ぎの練習がしたくて、夕方おばあちゃんに頼み込み、近所のプールに一緒に行ってもらった夏。

歯医者の予約のため、学校に迎えに来てくれたおばあちゃんを、教室の窓から確認し、手を振った日。

思春期で、自分勝手な私に対して怒るおばあちゃんを、ひどい言葉で罵る愚かな自分。

私の結婚披露パーティにちょこんと座って嬉しそうな顔をしているおばあちゃん。

8ヶ月の長女を連れて日本に里帰りした時、長女をおんぶするために、ゆかたの帯を取り出すおばあちゃん。



私はおばあちゃんのために何をしただろう・・・・?

おばあちゃんがボケだしてからは、邪険に扱ってばっかりいた。

ここでは書けないようなひどいことを言葉を浴びせたことは何回もある。

おばあちゃんにワガママを言い、心配と迷惑をかけてばかりだった気がする。


大正・昭和を生き抜き、そして平成を生きているおばあちゃん。

おばあちゃんの人生を、おばあちゃんは「幸せだった」と思ってくれてるだろうか・・・

私の声がどうか届いていますように・・・・





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